危険な状況、危険な手術
3月20日 土曜日
大渋滞の中 やっとの思いで
慈恵医科大学付属病院に 午後3時半ごろ到着
なんと 6時間もかかった。
まずは、MRI そして レントゲン
夕方、三森君から紹介された S先生登場
みたくれは、ちょい悪親父
また話しっぷりが はっきりしてて、俺には会う感じ
むこうはどう思ったかわからないが。
「あす、あさっては、ゆっくりして、火曜日から検査します
手術いつにするかな 予定つまってるんだよね。」
そんなこと わかってるわい と 言いたい。
ところで ここの看護師さんたちも 若くてかわいい。
また、品評会だ?
なんて思いつつ 「楽しむか」
慈恵入院 4日目 血液検査、CTなど 始まった。
昼過ぎ
三森君 いや 三森先生から花が届いた。
なんか にあわね~
と 思ったが、 ありがたく頂いた。
夕方になると、三森先生 登場。
「よかったな」
「うん そうみたいだね
今回は いろいろありがとう」
「しびれもないのか?」
「左の人差し指がちょっとね しびれてる」
「その程度じゃ いいよ」
「そうか?」
「運 よかったよ。
普通なら、半身不随は、仕方なかったな。」
そこから、去年の11月 この大学の学生が
卒業間際、ラグビーのタックルで
呼吸困難になり そのあと1,2カ月ICU
今は意識は戻ったが、手足が・・・
だめだ・・・・・・
などという話を聞かされた。
それを聞いて、
俺の状況も 相当悪いんだな
と感じた。
それと 俺は
相当 運が いい
と 改めて思った。
それからも 三森先生は、
よく励ましに
また、
脅しに 来てくれた。
でも だいぶ 心強かった。
ありがとう。
入院して1週間ぐらい経ったら
S先生
「4月1日 手術しよう」
April Fool じゃねえんだから
まぁ とにかく決まってよかった。
それまでは、検査と品評会と歯磨き
がんばるぞー
計画が立ち 目標が決まると 元気が出た。
品評会といえば、まだ 小は いいが、
大は た 大変
まず でない
便秘なんてしたことない俺が、
4,5日に 1度かな
看護師のみなさん
とくに 板橋のOさん ありがとう
君には、もうお見せするものないよ。
手術の前日 夜 手術の説明が S先生からあった。
これがすごい。
脅す 脅す (本当なんだろうけど)
後ろから手術する方法もあるけど
伊藤さんの場合
前の第6と第7の間の椎間板
つぶれてる
椎間板ヘルニアのひどいやつ
と 言えばわかるかな?
ようやく聞いたような病名が
でも、これって やばくない?
よくヘルニアは、手術危険だから しない
なんて聞くよな
ほら、ここ見て
ここが神経
手術中 これ行っちゃったら
半身不随だからね
そんなこと 聞いたことあるな
まぁ ならないようにするけど 了承してね。
それと、6番と7番の間の椎間板なんだけど
まちがって、5番と6番の間を手術する
間違いも あるかもしれないから
まあ 間違ったら、またやり直すから。
なんだそれ?
ないとは言えないから
そのあたりを頭に入れて、承諾書にサインしてください。
そんなの できるか~
叫びたい
手術は、前方からアプローチし
気管支と食道を避け
第6と第7の間の椎間板を人工のチタンに変える
でも、骨もやられていたら、
自分の腰の骨 (骨盤らしい)
を 取って 移植し
コの字の プレート と ボルト で固定
だとさ
最後に、
「質問ございますか?」
「手術は、どのくらいかかりますか?」
「3時間ぐらいかな」
おれは、一番心配していたことを
最後に質問した。
「手術が終わって、社会復帰したら、
スポーツはできますか?」
この質問には、以外にも
「大丈夫だよ、今までと同じ 全く変わらない
あっ 格闘技だけはやめてね。」
「 やったー
もう 好きにやって」
「じゃあ、最初から 自分の骨でいく?
そのほうが付きはいいよ。」
「見てから 決めてよ」
「まあ、レントゲンもCTも 所詮影絵だから
開いてみないとね。」
「じゃあ まずは、チタンでいく予定にしましょう」
とにかく おれは、今まで通りスポーツOKに
手術を受ける勇気も湧いた。
あーあ
明日は またまた 人生初めての
手術か
ちょっと 緊張
株式会社サイス代表取締役 伊藤 和彦
山梨県山梨市 出身
昭和32年3月生
うお座 B型
座右の銘 「百事如意」
上智大学 大学院(制御工学)修了/スキー SAJ1級/ゴルフ/マラソン/フルマラソン 16年連続完走 ベストタイム 3h22m23s(@河口湖マラソン)/酒/Human Control
(平成20年5月現在)








